長野県

平城

松代城(真田家が治めた城)

列強の北信濃支配の拠点になった海津城が元になった城です。武田が築き、上杉と争い、織田が奪い、豊臣が領し、徳川親藩や譜代が治めた城です。最後には旧武田家臣で後に徳川家康の家臣となった真田家(真田信之)の城として幕末を迎えました。同じ長野県の上田城と関わりのある城です。またこの城は、江戸時代末期に松代藩士、兵学者の佐久間象山を輩出したことでも有名です。 長野県長野市松代町ある日本の城跡です。戦国時代は海津城(かいづじょう)と呼ばれていました。松代城の元になった海図城は、戦国最強を謳われた甲斐の武田氏の戦略・戦術などを記した軍学書 『甲陽軍鑑』によれば、武田信玄の命で軍師の山本勘助が築城して2年後完成したと記されていますが、築城時期については定かではありません。日本100名城No.26に選定されています。
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上田城(真田一族の居城)

上田城(うえだじょう)は、長野県上田市にある日本の城です。この城は、天正11年(1583)真田信繁(幸村)の父、真田昌幸によって築城されました。 上田城は、南を千曲川(ちくまがわ)、北と西を蛭沢川(ひるさわがわ)で守られて、さらに川の北には太郎山が控えています。天然の地形をうまく防御に利用していたことが大きな特徴になっています。 この特徴をうまく活用した上田城は、第一次・第二次上田合戦で徳川軍を二度にわたり撃退した難攻不落の城としても知られています。
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国宝「松本城」

お城巡りで最も印象に残っているのが松本城です。黒と白のコントラストがアルプスの山々に映えて見事な景観は素晴らしく、長野県松本市にある国宝5城の一つです。松本城と呼ばれる以前は、深志城(ふかしじょう)と呼ばれていました。松本市民からは烏城(からすじょう)とも呼ばれることがありますが、文献上においては、烏城という表記はないのが実情のようです。安土桃山時代末期から江戸時代初期に建造された天守は国宝に指定され、城跡は国の史跡にも指定されています。