「日本の城」用語解説

日本の城について理解を深めるためには、城に関わる独特な用語の意味を知る必要があります。ここでは、できるだけ分かりやすく解説していきます。

城の形態

城の形態としては、「山城」「平山城」「平城」「水城」のです。

自然の要害を利用した「山城」

 自然の要害である、山を利用してつくられた城のことです。普段は、麓の館に住んでいますが、いざ戦(いくさ)になると山上の城に登って戦うということになります。高いところから相手を攻撃した方が有利だし、攻める方も登りながらの戦いになるので、かなり厳しい状況になります。

例えば、小谷城のように山全体を城にしたすごい城もあります。現存する天守をもつ山城としては、備中松山城があります。

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重要文化財「備中松山城」
冒頭でものべましたが、明治時代の廃城令や太平洋戦争による空襲などによって、全国の素晴らしい城の天守が各地で消滅しました。 現在、当時のまま残っている天守はわずか12城(国宝5城、重要文化財7城)であり、備中松山城はその一つで大変貴重な歴史的...

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景観が素晴らしい「平山城」

平野の中にある山や丘陵などにつくられた城のことを言います。戦国期は平山城が築かれたのは少なく、織田信長の築城した安土城あたりから主流になりだしました。

江戸時代には姫路城とか、熊本城とか、大規模な城郭がこの形態で築かれています。山・丘全体に城を築き、ちょっと高いところに天守が聳え立つため景観がものすごいものがあります。

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国宝「姫路城」※世界遺産
テレビの時代劇でおなじみの「暴れん坊将軍」で江戸城の設定で映し出される城が姫路城です。 別名「白鷺城(はくろじょう・しらさぎじょう)」とも言います。 世界遺産であり、天守は連立天守群を持ち国宝5城(松本城、松江城、彦根城、犬山城)の一つです...

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大阪城に代表される「平城」

平地に築かれた城を言います。大坂城が一番初めの巨大な平城と言われていますが、戦国時代には領主の館のことを平城と呼ぶこともあったそうです。交通の便がよいので経済流通の大拠点となる利点を持っています。

平城があるので山城は要らないということではなく、敵との国境には軍事用として山城が必要です。江戸時代の大名が作った城として平城が多く存在していました。

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国宝「松本城」
お城巡りで最も印象に残っているのが松本城です。黒と白のコントラストがアルプスの山々に映えて見事な景観は素晴らしく、長野県松本市にある国宝5城の一つです。松本城と呼ばれる以前は、深志城(ふかしじょう)と呼ばれていました。松本市民からは烏城(からすじょう)とも呼ばれることがありますが、文献上においては、烏城という表記はないのが実情のようです。安土桃山時代末期から江戸時代初期に建造された天守は国宝に指定され、城跡は国の史跡にも指定されています。

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海や川で囲まれた「水城」 

周りが完全に海や川で囲まれている城です。攻撃する側は、船を利用しなければなりません。水城を有効に活用した大友宗麟(おおともそうりん)の丹生島城の篭城戦(ろうじょうせん)の話は有名です。あと一歩で九州統一を果たすはずだった島津軍に対して篭城して、船で渡ってくる敵を大砲で狙い撃ちして撃退しました。水城の利点を活かした例です。

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今治城(日本三大水城の一つ)
あの築城の名人、藤堂高虎(とうどう たかとら)によって造られた、日本三大水城の一つ、今治城を紹介します。 今治城(いまばりじょう)は、 愛媛県今治市にある日本の城です。別名を吹揚城(吹上城)と言います。、日本100名城No.79に選ばれた城

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土塁と石垣

城を攻める場合、進む先が高くなっていたら抵抗を感じます。逆に守り手としては、上から下を見下ろして槍や弓矢、石などで向かい打つという点で有利になります。土塁や石垣はそんな発想から歴史的に造られてきました。東日本では土塁が主流で、西日本では石垣が主流になっています。これには、石が取れる取れないということもあるでしょうが、地方によっての伝統が関係していたと考えられます。

土塁

土塁の高さは、内側が隠れるくらいの6メートルの高さがふつうです。土塁の造り方としては、下記の5種類です。

掻き揚げ土塁 

原始的な土塁で、空掘を掘って余った土砂を単純に積み上げただけの土塁です。従ってあまり急な角度にはできません。中世の武士の館によく使われています。

叩き土塁

ほり上げた土砂だけでなく、粘質性ある土砂も使って低いところか叩いて固めながら積んでいった土塁です。従って少し急な角度にすることも可能になります。城郭にはこちらを使用しています。

版築土塁

最初に堀を掘りあげた土を曲輪内に積んでいきます。次に護岸用に杭を累壁に沿って打ったところで板壁をつくって土塁を積み上げ土を固めていきます。積まれて固めれば板と杭を取り除いて完成です。

芝土塁 

そのまま名前のとおり、土塁に芝を植えて丈夫にしたものです。

鉢巻・腰巻

石垣と土塁を合わせものです。関東や東北に多く見られ、土塁の上に石垣があるものを鉢巻といい、石垣の上に土塁があるものを腰巻といいます。

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石垣

野面積み (のずらづみ)

加工していない自然な石をそのまま積み上げた石垣です。崩れやすいので、5mくらいしか積むことができません。敵に上られないように隙間に石を詰めるようにしてあります。中でも特に細長い石を使って差し込むように積み、石の大きい面を内側に長く押し込んで強化したものが牛蒡(ごぼう)積みといいます。排水性に優れている点が強みです。

城用語 野面積み (のづらづみ)
石垣についてちょっと触れさせて頂きます。 ■石垣の分類■ 石垣の分類方法もいくつかあるのですが、ここでは良く耳にする野面積みなど「石の加工具合」を基準にした分類をご紹介します。 ?野面積み  これは「のづらづみ」と読みます。自然の石をそのま...

打ち込みはぎ 

石を槌(つち)で叩き形を整えて石垣の外側だけを平らに仕上げたものです。石と石の間に小石を挟んでいくやり方は、野面積みと同じで傾斜は72度くらいです。

切り込みはぎ 

まったく隙間が出来ないように切り石のみを積んだ、大変高度な技術を使った石垣です。角度は75度はあり、石垣を登っていくのは大変です。これが発展させたのが、亀甲積みなる表面を六角形にして積んだ更に高等なものも登場しています。

布積み 

一般的によく見られる石垣は、この積み方と、乱石積みを混合したものです。同一の大きさに加工して横目地を水平に通していき、二つ下の石に均等に重力がかかるようにしている石垣です。

算木積み

石垣の角を直角上に組むために井桁積みにしたものをいいます。

【超入門!お城セミナー】石垣って積み方に違いがあるの?
初心者向けにお城の歴史・構造・鑑賞方法を解説。石垣は積み方を見れば、ある程度造られた時代を判断できるって知ってますか? 時代による石垣技術の発展とその見分け方を解説。
石垣 - Google 検索

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穴太衆(あのうしゅう)とは

滋賀県大津市穴太に住む石垣作り専門集団のことをいいます。安土城や石垣山一夜城の石垣は、この人たちの手によって作られています。

扇の勾配

石垣を積む場合の、一つの角度をいいます。下の方が緩やかで上に行けばいくほど急になっていき、最上部では垂直になるのが特徴です。熊本城のが特に有名ですが、この城の築城した加藤清正が朝鮮出兵で晋州城を攻撃した際にこの石垣に感動して朝鮮の石工を連れ帰り作らせたからである。

扇の勾配 - Google 検索

巨石運び

織田信長が 足利義昭居館 として二条城を築城の際に始めた祭礼儀式の一つです。石を綾錦で包ませ花で飾って笛太鼓で囃(はや)しながら運ぶものです。

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縄張(縄張り)とは

建物の敷地の広さを定めることを縄張と言います。縄張は、動物のテリトリーなどを意味することもありますが、本来は建物の敷地分の広さに実際に縄を張ったことから生まれました。

築城するあたって、まず立地を決め、その地形に応じて構成を考えていきます。この構成のことを城取と言いますが、具体的な区画割や、塁壁、虎口(こぐち)、櫓や井戸などの位置を平面図で示して、それに従って実際に現地に縄を張りました。

これが縄張の由来だと言われ、やがて城における各部の配置のことを縄張と表現するようになりました。現在では、縄張については、特に曲輪(くるわ)の配置のことを意味しています。

縄張の種類は曲輪(くるわ)の配置により縄張を分類できますが、実際にはいくつかの種類の縄張が組み合わされてできあがっています。縄張の種類は下記のとおりです。

連郭式(れんかくしき)

本丸と二の丸、三の丸がほぼ一直線で結ばれ並列に配置された縄張です。例としては、水戸城や彦根城、明石城、高知城などが挙げられます。

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国宝「彦根城」
現存する多種多様な櫓と門がある、滋賀県彦根市にある国宝天守5つ(他は姫路城、松本城、松江城、犬山城)の一つです。「安政の大獄」で有名な大老井伊直弼が藩主であった彦根城です。日本100名城No.50(日本城郭協会)に選定されています。ご当地キ...

並郭式(へいかくしき)

本丸と二の丸が並列して存在しそのまわりを三の丸が囲んでいる縄張ことで、連郭式と同じ縄張と考えられることもあります。島原城などがこれにあたります。

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島原城(「島原の乱」で有名な城)
あの「島原の乱」で有名な、天守の美しい城です。2006年、都市公園法施行50周年記念事業の一環として「日本の歴史公園100選」選定事業が実施されました。島原城跡公園は地域の活力を生み出している優れた公園として選定されており、日本100名城N...

輪郭式(りんかくしき)

円郭式とも呼ばれていますが、本丸を二の丸が取り巻いて、さらに二の丸を取り巻く三の丸が存在する縄張のことです。

特徴として、本丸の防御は強力になりますが、二の丸が手狭になるなどの欠点があります。丸亀城、松代城などがこれにあたります。

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松代城(真田家が治めた城)
列強の北信濃支配の拠点になった海津城が元になった城です。武田が築き、上杉と争い、織田が奪い、豊臣が領し、徳川親藩や譜代が治めた城です。最後には旧武田家臣で後に徳川家康の家臣となった真田家(真田信之)の城として幕末を迎えました。同じ長野県の上田城と関わりのある城です。またこの城は、江戸時代末期に松代藩士、兵学者の佐久間象山を輩出したことでも有名です。 長野県長野市松代町ある日本の城跡です。戦国時代は海津城(かいづじょう)と呼ばれていました。松代城の元になった海図城は、戦国最強を謳われた甲斐の武田氏の戦略・戦術などを記した軍学書 『甲陽軍鑑』によれば、武田信玄の命で軍師の山本勘助が築城して2年後完成したと記されていますが、築城時期については定かではありません。日本100名城No.26に選定されています。

梯郭式(ていかくしき)

本丸の二方、もしくは三方を二の丸が取り囲んでいる縄張のことです。近世期においては、最も主流となった縄張でした。

本丸の背後などに谷や河川といった地形が存在する場合は、この縄張が適しています。岡山城、熊本城などがこれにあたります。

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岡山城(別名 烏城ーうじょうー)
岡山県にある日本の城です。別名は烏城(うじょう)又は金烏城(きんうじょう)と言います。日本100名城No.70(日本城郭協会)に選定された城です。どこから見ても同じように見える黒の美しい城をご覧ください。 岡山城(おかやまじょう)は 標高十...

稜堡式(りょうほうしき)

城壁の突出部である稜堡を剣の先のかたちに配した縄張で、もとは西洋の物でした。

代表的なのが五稜郭です。

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五稜郭(稜堡式の城郭)
五稜郭は、江戸末期に箱館開港を行った時に函館山の麓に置かれいた箱館奉行所の移転先として新たに築造されました。現在、五稜郭公園として一般に開放され、函館市民の憩いの場と函館を代表する観光地となっています。函館のシンボルと言っても過言ではありません。あの新撰組の土方歳三が明治新政府と最後まで戦った地(城郭)としても知られています。国の特別史跡に指定され、「五稜郭と箱館戦争の遺構」として北海道遺産にも選定され、日本100名城no.2(日本城郭協会)にも選定されました。
五稜郭
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