高岡城は、前田利家の長男である利長が築城した隠居城で、富山県で唯一、日本100名城(No.33、日本城郭協会)に選ばれています。現在、日本有数の水濠公園「高岡古城公園」として整備されており、当時の堀や石垣を見ることができます。
桜の名所でも有名で、春はソメイヨシノやコシノヒガンザクラ、エドヒガンザクラ、ヤマザクラ等23種約2700本の桜が咲き誇っています。日城跡は高岡古城公園として整備され、市民の憩いの場となっています。国の史跡にも指定されています。
高岡城(たかおかじょう)は
富山県高岡市古城に築城された日本の城の城です。前田家の領国(加賀、能登、越中)の政治と軍事、経済の中心地となりました。
この場所は、周辺の諸城と連携を取れば防御網の中心にもなり、さらには城の西を流れる小矢部川や千保川の舟運によって穀倉地帯や外港(伏木、放生津)とも密接に結ばれていました。
高岡城の主な沿革
築城当時は、豊臣氏が健在で1600年の関ヶ原の戦いの以降、勝利した東軍の徳川氏は、まだ完全に天下を統一してはいませんでした。
利長は父である利家の亡き後も豊臣氏に仕えてきており、豊臣氏と徳川氏の間で板ばさみの苦しい状況にありました。利長は父利家の跡を継ぎ、豊臣家五大老及び豊臣秀頼の守り役にもなりましたが、結局、徳川氏に味方し東軍側につきました。
それを後押してくれた母芳春院(利家の妻、まつ)を江戸へ人質に出し、後継ぎの利光(のち利常)と家康の孫娘を婚儀を結ばせ加賀家は完全に「徳川大名」と一つになりました。
隠居した後も微妙な立場を保持し続け、有事に備えた実用的な自分の拠点として、利長は居城であった富山城を凌ぐ堅固な高岡城を築きます。また金沢の利光の藩政を指導しつつも、絶大な権力を保持した「隠居政治」を展開していました。
1605年に富山城に隠居した利長は、1609年に、富山城下から出火した火災により建築物の大半を焼失し、魚津城に移り、大御所の家康と将軍である秀忠に火災の報告をして、同時に関野の地に築城の許可をもらいました。
設計(縄張)は、築城の名手、高山右近といわれていますが、最近の研究では利長自らが縄張については、築城及び城下町造成についての利長自身の書状が約30通が残っており、利長自らが積極的に指示して築城したことが分かってきました。築城関連の古文書の豊富さも高岡城の大きな特徴となっています。
利長は「関野」の地名を「高岡」と改めて未完成の高岡城に入城しました。高岡城は、1614年に利長が死去し、隠居城として使われたのはごく短期間でした。1615年には、元和元年の一国一城令により、大坂夏の陣の後、高岡城は廃城となりました。
廃城後も高岡町奉行所の管理下で、加賀藩の米蔵や塩蔵、火薬蔵、番所などが置かれ、軍事の拠点として密かに機能が維持されました。城内におかれた米蔵等は1821年の高岡大火の際にほぼ全焼しましたが、その後再建され、明治にになるまであったといわれています。
2006年には、日本城郭協会の「日本100名城」に富山県内から唯一選ばれ、2015年には「加賀前田家ゆかりの町民文化が花咲くまち高岡-人、技、心-」の構成文化財として日本遺産にも認定されています。
高岡城の縄張
関野(後に高岡)は、広大な庄川扇状地の平野の裾にある高岡台地周辺のことで、高岡城はその小さな台地の北隅に築かれた平城です。防御力が低いといわれる平城の命は「堀」と土塁と言われています。
高岡城の最大の特徴は、築城当初からほぼ完全に残る広大な水堀と郭(曲輪→くるわ)で、その保存率は日本一だと言われています。
総面積の217,694㎡の内、81,071㎡が人工の水堀で、それを造るのに掘り出された大量の粘土質の土に礫(れき)の小石を混ぜて周囲に土塁が築かれ5つの郭が造成されました。
さらに、本丸の北東の馬出状(小郭)の現在の梅林や小竹藪も同時に造成されています。高岡城の郭は、本丸や二の丸、三の丸、明丸、鍛冶丸の五つと「御城外」の小竹藪や梅林も加えて考えます。
水堀は、本丸西側だけが一重で、他は二重になっています。かつては本丸の北から北西にかけてが沼沢地で、それを背面のまもりとして本丸を他の郭でコの字型に囲む形の縄張りでした。
21万㎡の内、約3割が人工の堀で、廃城前に天守や櫓などが建設されていたかどうかは定かではありませんが、1612年に前田利長が高岡へ入城して3年後の時点では、まだ天守は築かれていなかったと言われています。建築遺構は現存しておらず、石垣の一部や井戸が残っているだけです。
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高岡城の所在地
〒933-0044 富山県高岡市古城1−9
高岡城へのアクセスはこちら
○あいの風とやま鉄道線・JR氷見線・JR城端線 高岡駅より徒歩約10分。
○高岡駅から加越能バス「市民病院・職安前行き」で約5分「大手町」下車、徒歩約2分。
○JR氷見線越中中川駅より徒歩約5分。
○万葉線広小路や末広町などから徒歩約10分。
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